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御嶽海初優勝予想できず、賜杯までの物語その1〜出羽の海部屋入門まで

大相撲


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波乱の2018年7月場所、関脇・御嶽海は11連勝で「三役10勝の壁」を破り、12日目に大関・高安に敗れたものの14日目で初優勝。
 
初優勝予想ができなかったお詫びを込め「御嶽海賜杯までの物語」その1〜出羽の海部屋入門までです♪

関脇・御嶽海初優勝、全く予想できず!

 
関脇・御嶽海久司(みたけうみひさし)、本名・大道久司(おおみちひさし)は、長野県出身で1992年12月生まれの25歳。
 
以下、本記事では、入門前の大道青年についても、呼称は四股名である「御嶽海」で通します。
 
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大相撲2018年7月場所について、サイト管理人「たもつ」(以下、「私」と記します)は、これまでに4つの記事を書きました。

[1]は場所前予想、[2]は序盤5日目を終えての展望、[3]は6日目で横綱ゼロ状態になってからの展望、[4]は御嶽海が中盤までの10日間連勝で「三役10勝の壁」を超えてからの展望です。
 
しかし、どの記事においても御嶽海優勝は予想だにしていなかったのです。
 
[4]の記事は御嶽海が10連勝して独走状態のときのものですが、その時点においてさえも、星の差2つの大関・豪栄道が優勝すると予想していたのです!
 
どうして御嶽海優勝が予想できなかったのかについては、別記事で書くとして、御嶽海へのお詫びの意味を込め、「御嶽海賜杯までの物語」を書くことにします。
 
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まずは御嶽海の簡単な紹介〜高校まで大活躍!?

 
横綱・大関陣がパッとしない今の大相撲界にとって、一躍、救いの手となった関脇・御嶽海。次の9月場所は御嶽海にとって大関取り挑戦の場所となります♪
 
それでは「御嶽海賜杯までの物語」を書くはじめに、簡単に御嶽海についての紹介を書きます。
 
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冒頭と重複しますが、長野県出身の御嶽海は1992年12月生まれの25歳。日本人の父とフィリピン人の母の元に生まれます。
 
御嶽海が相撲を志すきっかけは、小学一年生のときに出場した村の相撲大会です。相撲初挑戦でしたが、その大会で自分より身体の小さな相手に負けてしまいました。
 
それが相当に悔しかったのでしょう。これを機に御嶽海は地元の相撲クラブに入って相撲の技術を磨き始めるのです。そして、小学5年生のときには、全日本小学生相撲大会で2位となるのです。
 
この「2位」というのがミソですね。ここでも御嶽海は相当に悔しかったはずです。それで相撲に一層のめり込んでいったという展開ですね♪
 
その後も御嶽海の活躍は続き、中学時代には3年時で全国大会ベスト8、高校在学中には国体少年の部で3位となります。ここでも「優勝」は縁がなかったわけで、御嶽海は相撲に燃えまくります。

御嶽海、東洋大学で爆発的大活躍!?

 
長野県で大注目されていた御嶽海ですが、東洋大学法学部(東京都にあります!)に進学します。当然、クラブは相撲部です。
 
当時、大学進学までの間に相撲部屋見学を何回もしており、稽古などの厳しさが怖くて「高校卒業での角界入り」は頭の片隅にもなかったといいます。
 
そんな弱虫&ビビり(?)な御嶽海ですが、高校までの戦績はりっぱで、周りが御嶽海を放っておかなかったのです。
 
東洋大学進学にあたっては、同大学相撲部監督・濱野氏から「東洋大学相撲部復活のために力を貸して欲しい」と強い要請&勧誘があり、決めたという経緯があります。
 
そして、濱野監督の期待通りに、いや、期待以上に東洋大学で御嶽海は大活躍したのです。
 
御嶽海は身長179cm。大相撲界から見れば決して大きな身体ではありませんが、小さい頃から磨き抜かれた「突き押しの強さ」で敵なし状態でした。
 
個人タイトルを、のべ15回も獲ったのです。そして4年時11月には学生横綱、12月には社会人を含めてのアマチュア横綱となり、頂点に立ちます。
 
この大活躍で御嶽海は「幕下10枚目格付出」資格を得ることになります。これは大変凄いことで、大学出身の力士としては、元幕内・清瀬海(日大)、現幕内・遠藤(日大)に次ぐ、3人目となります。
 
しかし、繰り返しますがビビりな(?)御嶽海は、ハナから怖い角界入りは眼中になく就職活動をして、アマチュア相撲の強豪・和歌山県庁への内定をゲット。将来的には両親を呼んで和歌山で暮らすという人生設計をしていました。

ビビりの御嶽海を11代出羽海親方が説き伏せる!?

 
10代出羽海親方(元関脇・鷲羽山)の定年引退に伴い、2014年4月に11代目を引き継いだ出羽海親方(元幕内・小城乃花)。かねてからの念願は「出羽海部屋の復興」でした。
 
かつての名門出羽海部屋は、1980年初場所の三重ノ海の優勝以来、30数年優勝から遠ざかっていたのです。そこで出羽海親方が目を付けたのが東洋大学で大活躍の御嶽海でした。
 
当時の御嶽海は女性週刊誌にこう語っているのです。

大学卒業後、プロに進もうとは思っていませんでした。公務員試験を受け、和歌山県庁から内定をいただき、両親も喜んでくれていましたから。でも、遠藤関が活躍する姿を見て、“(大学相撲で)自分もあの人といい勝負をしてたんだよなぁ”と思うと、ふつふつと湧き上がるものがありました。でも、勝負の世界に絶対はないですし…。

こういうことを明言している御嶽海ですから、フツー、角界親方たちも諦めちゃうでしょうね。でも出羽海親方は、そんな御嶽海の気持ちを熱意で覆しちゃったんです♪
 
出羽海親方はこう言って説き伏せたそうです。

最近10年くらい幕内力士が出ていなくて、今は名門とは言えないかもしれない。でも、きっと再興させたいと思っている。是非とも力を貸してほしい。

親方直々にこう言われて心が動いたんでしょうね。次のような言葉を残して、出羽海部屋入門をし、11代目出羽海親方の最初の直弟子となります。

もし結果が出なければ、“あのとき公務員になっていればよかったのに”と後ろ指をさされる。辞退した県庁のみなさんにも申し訳が立たない。行くからには、絶対に結果を出すという気持ちで入門しました。

ところで「幕下10枚目格付出」って何!?

 
さて、角界入りを決意した御嶽海。地元想いの強い御嶽海は、地元から展望できる御嶽山(おんたけさん)にちなんで御嶽海(みたけうみ)という四股名になります。
 
これについては、2014年の御嶽山噴火による被災者への配慮もあって「おんたけ」ではなく「みたけ」と読むことにしたそうです。
 
学生横綱、アマチュア横綱に登り詰めた御嶽海は「幕下10枚目格付」からのスタートとなります。
 
これはアマチュア相撲でしっかりとした実績を出した者を優遇する制度で、一般には「幕下付け出し」と呼称されます。フツーなら序ノ口、序二段、三段目、幕下と這い上がっていくのですが、アマチュアでの実績を考慮して、入門していきなり幕下で相撲を取ることができるのです。
 
最初の場所は幕下での番付は未決定なのですが、その最初の場所の成績いかんで次の場所の幕下の番付が決定します。そして「幕下付け出し」の場所で「7戦全勝」を果たすと、翌場所には十両昇進となれるのです。
 
大相撲では「十両」以上を「関取」と呼称し、「十両」から給料が出ます。年間にして1千数百万円ですから、給料ゼロがいきなり一流会社の部長級の給料となるわけです。
 
そして、角界に入門した者は全員がこの「十両」を目指して精進するわけですが、屈強の者たちのいるなかで「十両」に到達できる者はごくわずかでしかないのです。
 
つまり「幕下付け出し」は、そんな夢の「十両」に、たった1場所で到達できる大チャンスでもあるのです。
 
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そんな「幕下付け出し」ですが、細かくいうと「幕下15枚目格付」と「幕下10枚目格付」というのがあり、後者のほうが高い評価の者がなります。
 
2000年9月に現行の「幕下付け出し」の制度に変更になって以降、この「幕下付け出し」として入門して1場所で十両に昇進した力士はゼロですが、2場所で十両昇進した力士は6人います。そのなかでも「幕下10枚目格付」でスタートしたのはたったの2人。それが前頭・遠藤、そして関脇・御嶽海なのです♪
 
御嶽海は2015年3月場所、幕下10枚目格付でデビュー、その場所を6勝1敗で終えます。

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まとめ

 
2018年7月場所で、見事初優勝を果たした関脇・御嶽海。数日前までサイト管理人「たもつ」は、御嶽海の優勝を全く予想していませんでした。
 
そんなお詫びを兼ねて「御嶽海賜杯までの物語」を書くことにしました。その1は「出羽海部屋入門まで」です。
 
※アイキャッチ画像の出典:pixabay