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元横綱・輪島逝去(70歳)、北の湖、先代貴乃花と伴に一時代を築くも…

相撲


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第54代横綱、輪島大士(本名、輪島博)氏が10月8日、お亡くなりになりました。
 
輪島氏は、第55代横綱・北の湖や大関・先代貴乃花らと一時代を築いた名横綱でした。
 
大相撲ファンとして、輪島氏を偲ぶ記事を書かせていただくとともに、輪島氏のご冥福をお祈りいたします。
 
以下、偉大な横綱・輪島をふりかえります。

大卒横綱の誕生!

 
日大相撲部に所属していた輪島は、2年連続で学生横綱に輝き、在学中に計14のタイトルを獲得した強者でした。
 
そして日大卒業前の1970年に花籠部屋に入門し、同年初場所で幕下付出60枚目格で初土俵。
 
なんと2場所連続幕下優勝で、初土俵から3場所目となる1970年5月場所には十両昇格、関取となります。その十両も1回の優勝を含む4場所でクリア。デビューから1年後の1971年初場所には新入幕を果たします。
 
その後もトントンと番付をあげ、入門から数えると「たったの3年半」、1973年7月場所、25歳で横綱昇進を果たします。
 
大卒で入門した力士で横綱まで昇進したのは輪島が初めてであり、それ以降も現在に至るまで大卒で横綱になった力士はいません。
 

強い横綱・輪島

 
輪島は関脇と大関で1回ずつ幕内優勝を果たし、横綱になってからは12回優勝をしています。
 
横綱在位47場所で、当時は大鵬に続き、柏戸と並ぶ歴代2位。長く横綱として活躍してきたわけです。
 
横綱成績は466勝142敗85敗、勝率 .766とりっぱな成績です。
 
横綱・輪島の強さについては、少し変わった視点から実感のこもった情報もあります。
 

後年、元大鳴戸親方の高鐵山孝之進が、大相撲の八百長問題を告発した際に、輪島の行った八百長行為についても告発したが、その際人間性について「とにかくデタラメな男」「金と女にだらしない」と酷評した。八百長についても「輪島は(普段の豪遊の影響もあって)金がないため、横綱、大関では一般的な、金銭による星の「買取」が出来ず、その場所で負けてもらった分を翌場所で自分が負ける事で返す「貸し借り」で八百長を行っていた。」と暴露している。しかし、輪島の実力自体は否定しておらず、星の貸し借りが出来たのも「前場所で借りた星をいくつか返しても、ガチンコで横綱を維持する最低ラインである10勝を挙げる自信があったからだ。」としており、自身の対戦経験からも「本当に強かった。」「14回しか優勝できなかったのが不思議」と評している。
 
※Wikipediaから引用

 
ところで、輪島氏訃報のテレビ情報や、あるいはWikipediaなどでは「輪湖」時代と称しています。これには違和感が。
 
当時リアルタイムに輪島を応援していたファンとしては「輪湖」時代という言葉には違和感があります。
 
それというのも、あれよあれよという間に台頭してきた北の湖が強すぎて、「輪湖」時代は築けなかったと感じているからです。
 
大関・北の湖が横綱昇進を決定的にした1974年7月場所。千秋楽で13勝2敗の同星となった大関・北の湖と横綱・輪島で優勝決定戦を迎えます。
 
下馬評では圧倒的に北の湖有利の評判でしたが、輪島は土俵際で黄金の左下手投げを放ち北の湖を破ります。この一戦は後代に残る名勝負だと言われています。
 
しかし翌場所から横綱となった北の湖が強すぎて強すぎて。
 
その後、輪島は北の湖が横綱昇進した以降、引退までに8回優勝するのですが、この同じ期間で北の湖はなんと18回も優勝。「輪湖」時代と言うには無理のある状況でした。
 
しかし横綱・輪島が一時代を築いた大横綱であることは間違いありません。
 

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残念な晩年

 
横綱・輪島は1981年3月場所中に引退し、花籠部屋を継ぎました。
 
しかし年寄名跡「花籠」を借金の担保にしていたことが1985年11月に発覚、日本相撲協会は臨時理事会で花籠親方(元横綱・輪島)を委員から平年寄へ2段階降格処分並びに無期限謹慎処分を決定。
 
結果、元横綱・輪島は1985年12月に廃業。花籠部屋は消滅し、所属力士たちは全員、元大関・魁傑が開いた放駒部屋に移籍します。
 
このあたりの出来事って、2階級降格、部屋閉鎖、力士等移籍などなど、最近の元貴乃花親方の騒動の流れに似ていますね。
 
その後は、1986年、馬場がいる全日本プロレスに入門し、プロレスラーに転向。同じく大相撲出身の天龍源一郎との絡みの闘いは激しかったようです。
 
しかし1988年12月に突如引退。やはりプロレス転向にはかなりの無理があったようです。
 
プロレス引退後は、テレビのバラエティに出演したりしたものの、徐々に世間から姿を消すことになりました。
 
そして2018年10月8日、都内自宅のソファーの上で亡くなっていた輪島さんが発見されます。死因は咽頭がんと肺がんによる衰弱でした。
 

1972年、大関・貴乃花(先代)との名勝負

 
1972年に大関・貴乃花(先代)とやった4分間の名勝負。
 
ユーチューブ画像をどうぞ。
 

 

横綱は早死にする!?

 

  • 第54代・輪島    70歳没
  • 第55代・北の湖   62歳没
  • 第56代・若乃花   65歳ご存命中
  • 第57代・三重ノ海  70歳ご存命中
  • 第58代・千代の富士 61歳没
  • 第59代・隆の里   59歳没
 
これだけで性急に結論を出すのはよくないかもしれませんが、男性の平均寿命からすると早世と言えるのかもしれません。
 
横綱までになれば、壮絶なぶつかり合いの積み重ねで身体へのダメージが大きすぎるのかもしれません。脳へダメージの侮れないでしょう。さらに、異常なほどの食事も身体にダメージを与えているのかもしれません。
 
大相撲は命がけの仕事なんですね、きっと。
 

ツイッターから

 
ツイッターから輪島氏関連のツイートをいくつかご紹介します。
 

 

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まとめ

 
今回、70歳でお亡くなりになった第54代横綱・輪島氏。
 
豪放磊落であった人生が終わりました。ご冥福をお祈りいたします。
 
※アイキャッチ画像の出典:pixabay