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金ピカ先生〜年収2億のカリスマ予備校講師〜68歳・自宅にて逝く!

金ピカ先生3

 
 
かつて年収2億のカリスマ予備校講師として有名になった金ピカ先生が、68歳・自宅にてお亡くなりになっていることがわかりました。
 
 

金ピカ先生こと、佐藤忠志さん死去

 
金ピカ先生
 
 
この写真、知らない方には、かなり衝撃的ですね。若者たちの前で、ヤクザが日本刀を構えてる!?
 
これ予備校のカリスマ講師、金ピカ先生こと、佐藤忠志さんの宣伝用かなにかのショットですね。
 
当時は、テレビでも頻繁に見る、売れっ子でした。
 
その佐藤忠志さん、都内自宅で死去していたことが分かりました。68歳でした。
 
カリスマ講師時代は年収2億とも言われていましたが、最近の佐藤さんは、生活保護を受け、一人暮らしでした。
 
デイケアセンター職員が自宅訪問をして、冷たくなっている佐藤さんを発見しました。
 
死因不明、司法解剖が行われます。
 
 

絶頂の予備校カリスマ講師時代!

 
佐藤さんは、1980年代、代々木ゼミナールや東進ハイスクールなどの予備校で、予備校生から絶大な支持を受けていました。
 
あまりの人気で、テレビ各局も注目、タレント業にも進出。
 
この頃、「全盛期は年収2億を超えた」と本人が語ったそうです。
 
1987年には秋元康さんがプロデュースした「1度きりだぜ人生は-花の受験生応援歌-」で歌手デビュー。
 
1週間で何回もテレビで目にするほどの大人気でした。
 
ヤクザまがいの風貌なのに予備校講師というギャップも受けの要因だったのかもしれません。
 
 

転落!?

 
2001年には参院選に出馬するも落選。
 
2009年には、それまで一度も訪問をしたことのない鹿児島市・種子島西之表市長選に出馬。「金ピカ先生」で届出。しかし、落選。
 
そのあと、2回、脳梗塞と心筋梗塞を患い、表舞台からは姿を消したのです。
 
2018年にはスポーツ報知のインタビューで離婚調停中であることを暴露。
 
クラシックカー購入の車道楽や暴力などが原因で2016年から別居し、離婚。
 
自らの生活については次のように語りました。
 
 隠居。生きる屍。  
 
朝から酒をあおるなど不摂生な生活を続けていました。
 
 

佐藤忠志さんのプロフィール

 
佐藤忠志さんは、1951年5月生まれで、68歳でした。
 
東京生まれで、慶応大学卒&筑波大学大学院修了。頭のいい方です。
 
1977年に代々木ゼミナール講師となり、当時ラジオで多くの受験生が聞いていた「旺文社大学受験ラジオ講座」も担当。
 
1988年には東進ハイスクールに遺跡。「金ピカ先生」の愛称で有名になりました。
 
受験関係の著書多数。テレビ番組やドラマなどにも出演。
 
拓殖大学の客員教授も務めました。
 
 

Twitterからピックアップ

 
Twitterから金ピカ先生の情報をいくつかピックアップしますね。
 


 
 

まとめ

 
金ピカ先生3
※This image is self-made using Canva
 
 
金ピカ先生こと、佐藤忠志さんが一人寂しく都内でお亡くなりになっていることが分かりました。
 
生活保護を受けており、一時期年収2億円超ということからは想像つかない生活だったのかもしれません。
 
金ピカ先生には、私たちは、一時期の成功に油断してはいけないという人生の教訓を学ばせていただいたのかもしれません。
 
佐藤忠志さんのご冥福をお祈りいたします。
 

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