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西城秀樹「生涯歌手」〜4/25に入院しそのまま帰らぬ人に、享年63歳

訃報


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昭和歌謡に一時代を築いた西城秀樹さんが、5/16死去されました。享年63歳。西城秀樹さんは2度の脳梗塞に倒れるも、リハビリを続けながら「生涯歌手」として活躍されていました。

西城秀樹さんについて

西城秀樹さんは広島市出身、1955年4月13日生まれ、63歳でした。
 
1972年、16歳のとき「恋する季節」で歌手デビューを果たします。そして、翌年の「情熱の嵐」ではオリコン週間チャートでベストテン入りして、若くしてトップアイドルとなります。当時、郷ひろみさん、野口五郎さんと3人で「新御三家」と言われ絶大なる人気がありました。
 
さらに翌年、1974年には「傷だらけのローラ」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞します。紅白歌合戦にも初出場。1979年には、「YOUNG MAN」の大ヒットで人気を盤石なものにしました。

2度の脳梗塞を乗り越えたものの…

2003年、公演先の韓国で脳梗塞を発症し、少しの言語障害は残るもののリハビリをして復帰。2006年にはシングルを発表するに至ります。
 
しかし、2011年に脳梗塞再発。今回は右半身マヒと言語障害が残るも、再びリハビリで快方に向かっていたところでした。
 
今年4月25日に心筋梗塞で入院、そして、意識が戻らないまま5月16日に病院にて死去されました。
 

歌と踊りの融合の先駆け

1970年代は、歌手が歌に合わせて踊るというのはまだまだ一般的ではなかったのです。しかし、西城秀樹さんが歌に合わせて踊るという形の先駆けになりました。
 
この点では、とくに「YOUNG MAN」などが多くの人の記憶に残っていると思います。
 
ただし、調べて見ると、西城秀樹さんが振り付けで踊るようになったのは、1972年の「チャンスは一度」(3曲目シングル)からからで、徐々に、その振り付けは過激になっていき、「YOUNG MAN」ではじけたという感じでしょうか。
 
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また、西城秀樹さんは絶叫型の歌唱の先駆けにもなりました。
1973年「ちぎれた愛」、これは当時、初のオリコンチャート1位となった楽曲ですが、この歌唱は「絶叫型」とネーミングがつくほどに特徴があったのです。そして、この歌い方も、振り付け同様に、楽曲を重ねるごとに過激になっていきました。

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まとめ

今回の記事は、昭和歌謡の一時代を築いた西城秀樹さんがお亡くなりになったという一報です。
 
度重なる脳梗塞にも前向きなリハビリで復帰し、仕事に励んでいただけに、西城秀樹さんを励みにしていた方も多いと思います。
 
ご冥福をお祈りいたします。
 
[fontsize size=”1″]※アイキャッチ画像の出典:pixabay[/fontsize]